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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)28号 判決 1967年8月07日

原告 山田重次

被告 日本弁護士連合会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和四〇年一一月二九日原告に対してした懲戒処分を取消す、」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、原告は山梨県弁護士会所属の弁護士であるが、被告は昭和四〇年一一月二九日原告に対し、「昭和三七年三月三一日山梨県弁護士会が原告に対してなした懲戒処分を取消す、原告を戒告する、」との懲戒処分をし、右懲戒書は昭和四〇年一二月四日原告に送達された。

二、しかし、右懲戒処分は次の理由により取消されるべきである。すなわち、

(一)  本件について、山梨県弁護士会の懲戒委員会は、弁護士会の書面による請求なくして懲戒手続を進めたものである。すなわち、右弁護士会長の懲戒請求書は同懲戒委員会に到達していないのである。

(二)  山梨県弁護士会長三木義久は、本件懲戒手続の請求者でありながら、終始右懲戒委員会に出席して意見を述べ、殊に最終の審理(昭和三七年三月三一日)には、何ら証拠のない事実を陳述し、原告の私行をまで論難している。このように、具体的事件の審査に弁護士会の理事者が出席して意見を述べることは、当該懲戒委員会の審査の公正を疑わしめるもので、許さるべきでない。

(三)  本件懲戒事案は、原告が訴外浅尾正三の訴訟委任状二通を、同人の承諾なしに裁判所へ提出したというにあるが、右委任状を提出した二件の訴訟は、いずれも合一にのみ確定すべき事案で、正三側に有利な判決を得ているのであつて、本来なら当然追認されるべきものである。右正三がその追認を肯じないのは、同人の正常でない精神病質的性格によるもので、原告の右行為は懲戒に値いしないものである。

三、被告が本件懲戒処分をするに至つた経緯は、被告の答弁第三項(別紙記載)のとおりである。

被告は主文同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の事実中、第一項は全部認める。第二項は(一)の全部、(二)のうち山梨県弁護士会長三木義久がその会長在任中(昭和三六年度)、懲戒委員会に列席し、かつ昭和三七年三月二四日同委員会において意見を述べたこと、(三)のうち、本件懲戒事案が原告において訴外浅尾正三の訴訟委任状二通を同人に無断で作成し、裁判所へ提出したことにかかることを認める。

二、原告が本件懲戒処分の取消を求める理由に対して、

(一)  弁護士会が懲戒委員会に対してする審査の請求は、必ず書面をもつてすることを要する厳格な要式行為とは解されない。山梨県弁護士会の「懲戒手続規程」第二条も、「弁護士会は、…………報告書の副本を添えてすみやかに懲戒委員会に対しその事案の審査を請求しなければならない」と規定しており、審査請求にあたつて綱紀委員会の報告書の提出を必要とする趣旨はうかがえるが、審査の請求そのものが書面によることまでは要件としていない。

本件の場合、昭和三五年一月一三日山梨県弁護士会から懲戒委員会に対し、綱紀委員会の調査報告書を添えた審査の請求がなされたことは明らかである。

(二)  弁護士会長が懲戒委員会に列席し、意見を述べたことは、必ずしも適当ではないとしても、そのことが直ちに懲戒の議決の効力に消長を来たすものではない。弁護士法にはもとより、被告および山梨県弁護士会の会則その他にも、懲戒委員会の手続に理事者が出席し意見を述べることを禁止する明示の規定は存在しないのであるから、右理事者の出席、意見陳述については、当不当の問題は生じても、合法違法を論じる余地はない。

さらに、被告は、山梨県弁護士会のした原処分をそのまま維持し、原告の審査請求を棄却したものではない。すなわち、被告の懲戒委員会は、本件事案について十分な再調査を遂げたうえ、原処分を取消し、懲戒としては最も軽い戒告処分を選択したのである。したがつて、原告が、ほかに特段の事由もなくして、単に山梨県弁護士会の懲戒委員会における審査手続のかしを理由として、被告のした本件懲戒処分の取消を求めるのは、全く理由のないことといわねばならない。

(三)  原告は、懲戒請求人浅尾正三との兄弟関係が融和を缺いていたため、右正三から訴訟の委任を受けることを確実に期待できる状況になかつたにもかかわらず、同人の明確な承諾を得ないまま、同人名義の訴訟委任状二通を作成したもので、これをもつて、弁護士の品位を何ら汚すところのない行為とすることのできないことは多言を要しない。

三、被告が本件懲戒処分をするに至つた経緯は、別紙記載のとおりである。

(証拠省略)

理由

原告は山梨県弁護士会所属の弁護士であるところ、同弁護士会は昭和三七年三月三一日付懲戒書をもつて、原告に対しその業務を一年間停止する旨の懲戒処分をしたこと、原告はこれを不服として、同年四月一三日被告に対し異議の申立をしたところ、被告は懲戒委員会の議決に基づき、昭和四〇年一一月二九日付懲戒書をもつて、右弁護士会のした懲戒処分を取消し、原告を戒告する旨の裁決をし、右懲戒書は同年一二月四日原告に送達されたこと、上記山梨県弁護士会が原告に対してした懲戒処分の事由、これに対して原告が被告に異議申立をした不服の理由、これについて被告がした本件裁決の理由がいずれも別紙記載のとおりであること、以上は当事者間に争いがない。

よつて以下、被告のした本件懲戒処分に対して原告がその取消を求める理由の各点につき、順次判断する。

(一)  山梨県弁護士会が原告に対する本件懲戒事案につき懲戒委員会の審査を求めるに際して、書面によらないでしたことは当事者間に争いのないところであるが、成立に争いのない乙第二号証、第一〇号証、第一一号証(甲第一四号証と同じ)を総合すると、本件懲戒事案につき山梨県弁護士会の綱紀委員会はその調査により原告を懲戒委員会に附議するのを相当とする旨決定し、昭和三四年一二月二五日付調査報告書をもつて同弁護士会にその旨を報告したので、同弁護士会は昭和三五年一月一三日懲戒委員会に対し一件書類を送付して右事案の審査を請求したことを認めることができる。(甲第二号証によつては、右認定をくつがえすに足りない。)

かような審査の請求を書面によらないですることは、手続の適確を期するうえで妥当といえないことはいうまでもないが、法律上、右審査請求の要件として書面ですることが要求されているとは解せられないので、上記のように、山梨県弁護士会が綱紀委員会の調査、決定に基づいて懲戒委員会に本件事案の審査を求めたことが明らかである以上、その請求を書面でしなかつたという一事をもつて、その後の懲戒手続を違法として取消すべき事由とすることはできないものと解する。

(二)  山梨県弁護士会の懲戒委員会における本件懲戒事案の審査にあたつて、同弁護士会長が右委員会に出席し、意見を述べたことは当事者間に争いがない。

懲戒は弁護士にとつて刑罰にも比すべき重大なことがらであつて、その審理、判断に特に公正が要求されることはいうまでもないところであり、法は、弁護士会が所属弁護士を懲戒するには必ず懲戒委員会の議決に基づくことを要求し(弁護士法五六条二項)、弁護士会長その他の理事者に裁量の余地を与えず、かつ、右懲戒委員会は、その委員に弁護士のほか裁判官、検察官および学識経験者を加えてこれを組織すべきものとし、その弁護士委員も弁護士会の総会の決議に基づくべきものとして(同法六九条、五二条三項)、つとめて理事者の影響から独立した機関としている。こうした法の趣旨にかんがみると、懲戒委員会における具体的事件の審査に、理事者が故なく出席して意見を述べることは、当該審査の公正を疑わしめるものとして、許されないものと解するのが相当であり、その点において、山梨県弁護士会の懲戒委員会が本件事案についてした審査手続にはかしがあるものといわねばならない。

しかし、その点については、原告の異議申立に基づき、被告の懲戒委員会においてさらに事案の実体につき適法公正な審査を遂げ、その議決に基づき、被告は県弁護士会のした業務停止一年の懲戒処分を重きに失するものとして取消し、懲戒として最も軽い戒告処分に変更しているのであるから、ほかに特段の事由がない限り、県弁護士会の懲戒委員会における右審査手続のかしは、これをもつて被告のした本件懲戒処分を取消すべき事由とするに足りないものと解する。

(三)  最後に、本件事案における原告の行為がその主張のように懲戒に値いしないものであるかどうかについて審究するに、成立に争いのない乙第四ないし第九号証と弁論の全趣旨を総合すると、原告は昭和三二年七月頃その実弟浅尾正三と不和の間柄にあつて、右正三が原告に訴訟を委任し、訴訟代理委任状を交付することは期待しがたい状況にあつたにもかかわらず、甲府地方裁判所昭和三二年(ワ)第一六一号請求に関する異議訴訟(原告筒井登、被告浅尾正三および本件原告ら、)と甲府簡易裁判所昭和三二年(ハ)第四五七号損害賠償請求訴訟(原告浅尾正三および本件原告ら、被告筒井登ほか一名、)の二件について、原告は、浅尾正三が右各訴訟を原告に委任した旨の同年七月三一日付正三名義の訴訟委任状各一通を同人に無断で作成し、その頃、それぞれこれを右各裁判所に提出、行使したこと、そして、そのことにつき正三の承認を得ることは、ついにできなかつたことを認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

弁護士ともあるべきものが、右のように、他人の訴訟について実際に訴訟委任を受けていないのに、自己の一存で勝手に他人名義の訴訟委任状を作成し、あたかもその人から訴訟委任を受けたようにして、これを裁判所に提出、行使することは、たとえそれが原告主張のように本件の利益になることであり、通常なら事後承諾が得られるであろうと期待される場合であつても、厳正を旨とすべき訴訟手続においては厳につつしむべきことである。もつとも、本人の委任は確実に期待できるのであるが、その事前了解を得ている余猶がなくて、本件の利益のためにはとりあえずそうした非常措置をとらざるを得ないというような、真にやむを得ない緊急の事情でもあれば格別かもしれないが、本件の場合、そうした特段の事情があるとは認められず、かえつて、前記認定のように、原告は当時弟正三と不和の間柄で、同人が原告に訴訟委任することは必ずしも期待できない状況にあり、結果においても、ついにその了承を得られなかつた事態に懲すると、右のような原告の行為は、弁護士としての品位をそこなうべき非行として、懲戒に値いするものというべきであり、これに対し、被告が諸般の事情をしんしやくして、懲戒として最も軽い戒告処分に付したことに何ら違法はないといわねばならない。

以上のとおりで、被告のした本件懲戒処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 武藤英一 三和田大士)

(別紙)

本件懲戒処分の経緯

一、原告は山梨県弁護士会所属の弁護士であるところ、山梨県弁護士会は昭和三七年三月三一日原告に対し左記の事実があるとして、業務停止一年の懲戒処分をした。

(第一の事実)

原告筒井登、被告浅尾正三等間甲府地方裁判所昭和三二年(ワ)第一六一号請求に関する異議事件につきその被告である甲府市緑町四二番地浅尾正三が同会員を代理人と定めて右事件についての一切の訴訟行為其の他和解認諾等の特別権限を委任する旨の浅尾正三名義の委任状を作成し其の名下にかねて所持し居りたる浅尾豊和所有の浅尾なる印章を押捺して右委任状を偽造し其の頃之を甲府地方裁判所に提出して行使し

(第二の事実)

右浅尾正三が同会員を代理人と定めて浅尾正三を原告とし大木日出雄、筒井登両名を被告とする損害賠償請求事件の一切の訴訟行為及和解、認諾等の特別権限を委任する旨の委任状一通を作成し其名下に前記浅尾豊和の印章を押捺して右委任状を偽造し其の頃之を甲府簡易裁判所に提出して行使したものである。

二、原告は山梨県弁護士会の前記懲戒処分を不服として、その取消を求めて、昭和三七年四月一三日日本弁護士連合会に審査請求をした。その不服申立理由の大要は次のとおりである。

(一) 第一の事実の昭和三二年(ワ)第一六一号事件は必要的共同訴訟であり、第二の事実の同年(ハ)第四五七号事件は懲戒請求人にも共同的利害の関係にたつ事件である。しかも、懲戒請求人は訴訟委任をする旨原告に伝えたこともあるので、原告は前記委任状を作成したのであるが後に至つて委任を否定したものに他ならない。かつまた、原告が懲戒請求人の利益のために善意でなしたことに対し、懲戒請求をすることは信義に反する。

(二) 原告にかかる懲戒請求事件は、山梨県弁護士会長が同会懲戒委員会に対し、同会綱紀委員会の報告書副本を添えた審査請求書を提出した事実がないから、懲戒処分をすることができない。

(三) 山梨県弁護士会の懲戒委員会に、同弁護士会会長が出席し意見をのべたことは、手続を違法ならしめるものである。

三、昭和四〇年一〇月三〇日被告の懲戒委員会は、原告の審査請求に基づき、山梨県弁護士会がなした前記懲戒処分は重きに失するとしてこれを取消したが、依然、原告に懲戒事由ありとして、「原告を戒告にする」旨議決した。被告は、右議決に基づき昭和四〇年一一月二九日原告を戒告処分に付し、右懲戒書は同年一二月四日原告に到達した。被告が認定した原告の懲戒事由は、第一項掲記の山梨県弁護士会の認定事実第一及び第二とほぼ同一であり、被告の懲戒委員会は大要次のように述べて、原告の不服の主張を排斥したものに他ならない。「被請求人は、本件懲戒事件については、山梨県弁護士会の懲戒委員会にたいする適式の審査請求が存しないから懲戒手続を進めるべきではないと主張せられるが、昭和三五年二月六日の第一回懲戒委員会において笠井、鈴木正副会長が出席した事実、昭和三七年三月二四日の最終懲戒委員会に三木会長が出席して意見までのべた事実ならびに鈴木俊蔵作成にかかる弁護士会より懲戒審査請求のあつたことの証明書によつて、山梨県弁護士会が懲戒委員会に対し審査をもとめた事実はこれをみとめることができる。同弁護士会の懲戒手続規程第二条において綱紀委員会の報告書の副本を添えて審査の請求をなすべきことを定めたのは、畢竟事務処理上の便宜のための訓示的規定であつて、審査請求を要式行為とする効力規定であるとは解しられないから、本件について右報告書副本の交付を伴う様式的審査請求がなされたと否にかかわらず結局審査請求があつたことに帰するものとするのが至当である。次に、弁護士会長が懲戒委員会に出席し、かつ意見をのべたことは、当を失したものと思料せられるが、しかし、右懲戒委員会の議決は独自に為されたものであり、その機能が会長の出席および意見によつて、害せられたとすべき特別の事実が存するわけではないから右議決の効力に消長をおよぼすものではないといわなければならない。したがつて、これらの点についての被請求人の異議をとりあげることはできない。

よつて懲戒請求の事実について審案するのに、被請求人は、請求人との兄弟関係が融和を缺いだ間柄であつたため、請求人が被請求人に訴訟を依頼し、その訴訟代理委任状を被請求人に交付することは、期待しがたいことであつたのにかかわらず、請求人の指摘するように、被請求人において請求人名義の訴訟代理委任状二通を壇に作成し、これを裁判所に提出して行使し、ついに事後の承認をうることができなかつたものであることをみとめることができる。」「被請求人の弁解のように、たとえ、或はかねて請求人より訴訟の場合は依頼する趣旨の話があり、または、後に請求人の訴訟依頼を期待しうると考えたにせよ、委任状の署名を本人の意思にかかわらず一存で手記し、これを訴訟上に行使する行為は委任状の対世的文書の信用力を害する行為であつてこれが素人であれば格別、弁護士としては訴訟事務取扱上このような放漫な執務をしてはならないものといわなければならない。また、被請求人の右委任状作成行為が必要的共同訴訟または少くとも請求人と共同利益にたつ訴訟のためであり、かつ請求人も被請求人の努力により訴訟が勝訴となつたため利益をうけたのにかかからず、被請求人に対し、懲戒請求の挙に出るのは信義則に反するものであると主張するのであるが、弁護士業務上の非行については請求人と被請求人との関係として懲戒処理が為されたのでなく、非行のあつた会員に対する弁護士会の懲戒権の行使であるから、請求人と被請求人間に懲戒請求をなすについての信義法則で左右せられるものではない。そうであるとすれば原弁護士会において被請求人は懲戒処分にあたるとしたことは至当である。」

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